第三話

「それじゃ、火も怪我人もパッと見て問題は無いようだから、俺、帰るわ」

「またな。……さて、と」

 灯と別れた山男は、ミサオと銀三郎に向き直る。

「状況を整理しよう」

 

「それじゃ、銀三郎先生は今朝届いた手紙に『晴斗を殺せば、黄金の扇風機をくれてやる』と書かれていたから、校長暗殺を企てた、というわけですね」

「ウム」

 頷く銀三郎。山男は呆れながらミサオの方を向く。

「そして、お前はそれを止めようとしたんだな」

 今度はミサオが頷く。

「ああ。結局間に合わなかったけどな」

「一体誰がそんな手紙を……。これは生徒会長として何かした方がいいのか……? いや、でも今はバンジーやりたいし」

 面倒くさいことと関わるのは御免だ。ここは、さっさと立ち去ろう。と山男がジャンプ台へと足を向けたその時、目の前に紅い剣道着を着た男が立ちはだかった。

「その手紙を書いたのは、ワシじゃ」

「に、兄さん?!」

 銀三郎が声を上擦らせる。

「銀三郎先生のお兄さん?!」と、山男とミサオ。

紅い剣道着の男は首肯して、

「如何にも。ワシは銀三郎の兄、銀五郎だ」

「兄なのに!」「銀五郎?!」と再び山男とミサオ。

 銀五郎に銀三郎が詰め寄る。

「一体、兄さんはどうしてここに?! それにあの手紙は……」

「落ち着け、弟よ。説明しちゃる。実はな、今度この学校である大会が開かれることが決まってな」

「ある大会……それってもしかして!」

「ああ。『世界最強変人決定戦』だ」

 山男が目を剥く。

「『世界最強変人決定戦』?!」

「そうだ。今にこの学校は戦場と化すだろう」

そう銀五郎が語った時だった。

銀三郎の身体がいきなり宙に浮かび、弾け飛んだ。

「ぎ、銀三郎?!」

 狼狽する銀五郎。

「これは……間違いない、礼逢の呪い――ぱんてぃぃぃいいい!」

 叫ぶミサオ。それに呼応するかのように、

「ぱんてぃぃぃいいいいぇぁぁあああ!」と山男。

「なん……だと……?」

 再び狼狽する銀五郎。

 彼らも礼逢の呪いにより、下ネタしか口にできない病気にかかってしまったのである。

「これなら……この二人なら、優勝できるかもしれない」

 銀五郎、ミサオ、山男の三人は、先程まで晴斗だった物体を地に埋め、大会の準備へ向かった。

 

 

 

 同じ時間。別の場所。

 その少女は、黄金の扇風機の前にいた。

「ああああああ~。んぎもぢぃぃぃぃぃぃ」

 半(なからい)満子(みつこ)。この少女は、前年の『世界最強変人決定戦』の覇者だった。

「これで、今年の優勝もいただキクラゲ」

 寒い。

 

 

 

 銀五郎は弟の葬式をマッハで済ませると、山男の入部の儀式を行おうとしていた。

 山男は既に、生徒会長を辞任していた。準備万端である。

「ではこれより、小山田山男の入部の儀を行う」

銀五郎とミサオは、正座した山男の周囲に、円のようにして火のついた蝋燭を七本、設置した。

「さて……」

 銀五郎が扇風機を山男の正面零距離地点に置いたその時だった。

 バリィィィンッ! という音と共に窓ガラスが蹴破られ、外から何者かが侵入してきた。

「何奴ッ!」

 銀五郎は抜刀し、鋭く叫ぶ。

 闖入者の正体は、一人の少女だった。

 年の頃にして一五から一六程。肩まで伸ばした鮮やかな茶髪と、白い肌。その鳶色の瞳は、しかし今は凶暴な色を宿しながら銀五郎を見据えている。無論、処女だ。

 だが、ここまでならまだ常識の範囲内だった。

 問題は、その服の上に装着したモノ。

 或いは手榴弾。

或いは拳銃。

或いはアサルトライフル。ロケットランチャー。コンバットナイフ。

明らかに少女の膂力の限界を超過した重武装。

少女は、ある界隈では冥屠莉駆栖(めいとりくす)と呼ばれている、前々年までの『世界最強変人決定戦』の覇王だ。

彼女は、手にした機関銃の引き金を無造作に引き、その銃口を四方八方へと向ける。

銃弾の嵐が部室を蹂躙し、その場に在った全てを破壊していく。

壁も、照明も、扇風機も――そして、山男や居合わせたミサオさえも。

しかし。

ギギギギギィィィンッ! と、甲高い金属音が連続した。

大小の二刀を構えた、血のように紅い剣道着の男。

遠山銀五郎。

彼は向かってくる全ての銃弾を弾き飛ばし、柄の頭で叩き落とし、或いは切り伏せながら叫ぶ。

「どこでマシンガンの使い方を習った?!」

 対する少女は、口の端を歪めて応ずる。

「説明書を読んだのよ」

 直後、少女が胸に下げた手榴弾のピンを抜き、放る。同時に五個。

(こ、ここまでか……)

 銀五郎が死を覚悟したその時だった。

「山男ォォォォッ!」

 突然、何処からか現れる人影。手には太いホースを持っている。

「放水、開始ィッ!」

 ホースから放たれた水は、猛烈な勢いで手榴弾を飲み込み空へと舞い上がる。

 数秒後、手榴弾は遥か上空で爆発。

 銀五郎を結果的に救ったこととなる、その人影の正体は、

「菊川灯?!」

 銀五郎が驚きの声をあげる。しかし灯は振り向かない。

 灯は佇んでいる。そして、徐にしゃがみ込んだ。

 彼の足元に転がっていたのは、小山田山男の亡骸だった。

 愛する男の身を案じて、彼は引き返してきたのだ。それにもかかわらず、現実は残酷だった。

「俺の、俺の大切な山男をよくも……」

 灯は立ち上がると、ゆっくりと少女を見据え、言った。

「お前の血は何色だ!」

 叫びは学園中に響き渡る。

「お前は絶対に俺が倒す! 菊川灯の名にかけて!」

「じゃ、ここは任せたわ」

 銀五郎は如才なく逃げ出した。

 菊川灯は、愛する男を殺された復讐に燃えていた。

 目の前にいる、この武装少女が。

(俺の山男を……葬り去った)

 対して少女は、強烈な殺気を発す灯から目を外すことなく機関銃の弾倉を交換する。

『FULL AMMO』

 機関銃のデジタル画面にそう表示されるのと同時に、灯に銃口を向ける。

「あなたも、すぐに送ってあげる。あの世で仲良くすることね」

 直後だった。

 ――ギギィンッ……。

 辺りに金属音が響く。灯が、銀五郎の置いていった刀を地面に放り捨てた音だった。

 少女が音の出所に目を向ける。その一瞬の隙を、灯は見逃さなかった。

 次の瞬間、持っていた煙幕弾を、目の前で起爆させる。

「ッ?!」

跳ねるように後退する少女。しかし、その背後に灯が回った。

 懐から拳銃を取り出し、少女の後頭部に向ける。後は引き金を引くだけ。

(こいつを殺して、俺も死ぬ)

 そう決心した。引き金に触れる指に力を籠めていく。

 次の刹那――

 

 

 

 ――同じ時間、別の場所。

「ああああああああ~」

 半井満子は、まだ扇風機の前にいた。

 懐から懐中時計を取り出し、時刻を見る。

「もう、こんな時間ね」

 満子は扇風機のスイッチを切り小さく伸びをした。

「さて、と」

 傍らに置いてあったタワシ掴み、言った。

「私も行くか、戦場に」

 同時に手にしていた懐中時計を、上へ放る。

 直後だった。

 世界が凍った。

 先程までせわしなく時を刻んでいた懐中時計の秒針が動きを止めるのと同時に、窓の外で風に飛ばされていた紙屑はその場で静止し、塀の上で立ち上がろうとしていた猫は上体を半端に浮かせながら硬直していた。

 彼女の周囲だけではない。

 世界全体が、今まさに『凍り付いて』いるのだ。

 “凍時術”。

 時を操る、満子の力。

 満子は凍った時間の中で、ビルからビルへと壁伝いに移動する。

 そして、南斗学園のある倉庫に入る。

 手榴弾でも爆発したのだろう。硝煙が独特の香りとともに渦巻いていた。

 眼前には二つの人影。片方は全身に過剰とも思える武装を施した少女。もう一方は消防士の衣装を纏った青年だ。

 青年が、少女の後頭部に拳銃を向けたまま停止している。

 満子はその拳銃を奪い取ると、持ち主の頭と胸に一回ずつ引き金を引く。二つの銃弾は容易にそれらを貫いた。

「あなたは自分が死んだことさえ気付いていない……。何が起こったのか、分かるはずもない」

 満子は高く飛び上がると、時計に巻きつけていた鎖を手繰り寄せ、その手に戻した。

 そして、戦場へと向かう。銀五郎がいる、あの場所へ。

 

 

 

 ――灯が、地面に崩れ落ちる。

 一言として発することなく、重力に負ける。

 いつの間にか(・・・・・・)額と胸に出来ていた銃創からとめどなく血が溢れ、床に赤い水溜りを作った。

 ようやく煙が晴れてきて、その光景を目の当たりにする少女。

「まさか……」

 武装を全て外し、地に落とす。相手が『彼女(・・)』では、わざわざ敵に武器を与えるようなものだ。

「私も負けないわよ、姉さん。優勝は必ず私――半井笑子(しょうこ)が、取り返して見せる」

 そう呟き、その場を離れた。

 

 

 動きは、別の場所でもあった。

 建設途中の聖☆南斗×字陵。

 その中央にある、棺を納めるべき石室。

 もう誰もいないはずのそこは、しかし怪しげな光に包まれていた。

 部屋の中心に鎮座した石造りの櫃。

 それが、バヂバヂバヂィィッ! と、放電の様な現象を起こす。

 ……銀三郎は根本的に読み違えていた。

 光の中心に、一人の男が現れる。

 南晴斗。

 爆殺されたはずの、全ての発端。

 この陵墓は、単なる墓ではない。晴斗が外的要因によって死亡したときに発動する、一種の蘇生装置だったのだ。

「……クク」

 新しい己の手を見下ろしながら、晴斗は小さく笑う。

 彼にとって嬉しい誤算だが、陵墓は彼を転生させるに留まらなかった。

 彼の新たな肉体は、もはや人の領域から逸脱していた。

 常人をはるかに超越する身体能力、知覚、回復能力……。

 己を殺せる者はこの地上に存在しないようにすら思える全能感が、晴斗を支配する。

「……半井満子、笑子」

 その名を呟く。

「必ず、彼奴らを俺のモノにしてくれる。そしていずれ――」

 ――“凍時術”を、簒奪してやる。

 

 その時を思い、晴斗はより深く、暗い笑みを浮かべた。