第二話

「えらいこっちゃ……」

 南斗学園生徒会長・小山田山男はそう呟いた。

 彼は日課であるバンジージャンプをするため、校庭の片隅に設置されたジャンプ台へと向かう途中だった。

 突然、爆発音がしたかと思うと、目の前に晴斗が落下してきたのだ。

「うわ、校長だ……。生きてるのかな、触りたくねぇな……」

 山男は人間のクズである。

「でも、俺、一応生徒会長だしな。生死の確認くらいしとかないと、色々責められるだろうし……やるしかないか」

 山男は世間体を気にする男である。

 彼は恐る恐る晴斗に近づき、脈を取ろうと試みる。

「うわ、やっぱ死んでる! 死体触っちまった、手ぇ洗いてぇ……」

 一番近い手洗い場は何処だっけな、山男が思案していると、何処からか「小山田ー!」彼を呼ぶ声がした。

「この声は……高丸か」

 見ると、校舎五階からパラシュートを巧みに操りこちらに下降してくる人影があった。高丸ミサオその人である。

「なあ、ウチの顧問見てないか?」

 悠然と着陸を決めてから、ミサオは訊く。足元の晴斗には目もくれない。

「お前の所属している倶楽部ってたしか『扇風機の前でア~ってやるやつ同好会』だったよな」

 山男は確認を取りつつ、さりげなくミサオに近寄る。そして、先程晴斗に触った手を思いっ切りミサオの背中で拭った。

「……なんだ? この手は」

「気にするな。それより『扇ア~同好会』の顧問って、あの藍色の柔道着を着た――」

「そう、遠山銀三郎先生だ」

 二人が校庭でそのような話をしていた時、爆発音を聞きつけたパトカーと救急車がやってきた。あと消防車。

「山男、大丈夫か?!」

消防車から降りるなり声をかけてきたのは菊川(きくかわ)(とう)。レスキュー隊員である。

「ああ、灯か。ありがとう、俺は大丈夫だ。怪我人もいない」

 死者がいないとは言っていない。

 山男は“先程まで南晴斗だった物体”の上に立ち、足でぐりぐり踏みながら応答した。

「そう……良かった……」

 そう言って灯は両膝を地につき、安堵の表情を浮かべる。そして、山男と熱い接吻を交わした。

「?!」

 目の前の事態が飲み込めないミサオ。

「どういうことだオイ……」

「ああ、悪いな高丸。コイツ、俺の第七愛人なんだ」

 その時だった。

 光り輝く太陽を背に、藍色の柔道着の男・遠山銀三郎が降臨した。

「良きこと哉。真冬の苺の如き、甘酸っぱい青春……。私にもそんな時代、ええありましたとも。どうも『扇ア~同好会』顧問、遠山銀三郎です」

「銀ちゅわぁぁぁあああん!」

 ほとんど絶叫のような嬌声を発し、銀三郎にタックルするミサオ。

 そんな二人を尻目に、山男と灯は互いの上裸を愛撫しあった。

 冬の風が澄み渡る、白昼の出来事だった。やったぜ。

 

 

 

 爆発の7時間前。

 建設途中の聖☆南斗×字陵の中から出てきたのは、片倉礼逢(かたくられあ)。一〇歳。もちろん処女。

 彼女も晴斗の聖☆南斗×字陵プロジェクトの尊い犠牲になりかけた少女だった。

「なんとかして……、……を食い止めないと……」

 掠れた声でそう呟き、職員室へと向かう。

 日曜の職員室というものは、まるで知らない研究所のようだ。宿直の教員の他には誰もいない。

 初めての光景を中、礼逢はある教師の許へゆっくりと歩を進める。

 そして、彼の背後に立つ。

「遠山先生……地獄で、待っています」

 銀三郎は振り返る。しかしそこには普段のお調子者の彼はいない。

 彼の眼は、冷たい決意を宿していた。

 彼の口は、残酷な運命への憎悪に歪められていた。

「……スマン」

 小さく呟く。

直後、礼逢の華奢な体が、手甲を纏った太い腕に貫かれた。

ゴボッ、と鉄臭い塊が礼逢の喉までせり上がってくる。

苦痛に眉を歪めながらも、儚げな微笑を浮かべる礼逢。

彼女が事切れるのと同時だった。

全身の骨を砕くような音と共に、礼逢の身体が銀三郎の手甲に『喰われた』。

血の一滴も残さず。

肉の一片も残さず。

礼逢という少女の残滓を一切残さず。

『食事』にかかった時間は一分も無かった。

全ての準備は滞りなく完了した。

ギリッ、と奥歯を噛み締めながら、銀三郎は小さく、小さく呟いた。

「これじゃ、あの男と何も変わらない」、と。

 

 

 

 そして、時は戻る。

 爆発事件で騒然としている南斗学園の校門前に、一人の男が立った。

 紅く染め上げられた剣道着に二の腕に彫られた桜吹雪。そして、その腰に差した大小二本の打刀という出で立ちの彼は、小さく口を動かす。

「なんてこった……戦争が始まる……」

 

 その瞳を揺らすのは、動揺か、恐怖か。或いは――